塩素ガス曝露に起因する急性肺損傷とは?
塩素ガスは刺激性の気体で、人体に対して強い毒性を示します。吸引すると気道や肺胞領域が傷害され、重症になると肺胞領域への傷害により、急性肺損傷(ALI)を起こします。ALIはARDS(急性呼吸窮迫症候群)と一体の概念で、ARDS発症前後の状態を言います。
塩素ガス吸入事故はどのような状況で起きる?
2016年のデータによると、米国毒物管理センター協会は6,300件以上の塩素への曝露の報告があったとしています。そのうちの約35%は家庭で用いられる酸と次亜塩素酸塩の混合に起因するものでした。塩素ガス放出に関わる事件で特に重大だったのは、2007年にサウスカロライナ州で塩素ガスを積んだ鉄道タンカーが他の列車と衝突し、90トンのガスが周囲に放出された事件です。塩素ガスは工業的に広く使用されているため、偶発的に放出される可能性が高いということも大きな特徴です。
家庭内や産業現場での偶発的な事故のほかに、塩素ガスは戦争兵器としても使用されたことがあります。第一次世界大戦では、ドイツが化学兵器として塩素ガスを使用しました。2007年にイラクの反政府勢力が塩素ガス爆薬を複数の場所で爆発させるという攻撃を行い、数百人の民間人が犠牲となりました。最近では、2018年にシリア内戦で塩素ガスが化学兵器として用いられました。
現在ある治療法は?
当社は、2021年3月に、塩素ガス曝露によるALIを適用としたMN-166の開発に関して、米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)と提携しました。本提携に関連し、2021年6月7日付でヒツジでの動物モデルを用いた試験の開始、同6月28日付でマウスでの動物モデルを用いた試験の開始をお知らせしています。現在、この2つの動物モデルを用いた非臨床試験が進行中です。
メディシノバの動物モデルスタディについて
ヒツジを用いた塩素ガス暴露誘発急性肺障害モデル試験では、ヒツジに塩素ガスを吸引させ、中等度の急性肺障害を誘発したのちMN-166(静脈注射)の治療効果を肺機能、心肺の血行動態、肺浮腫形成、血管透過性、肺組織病理所見、生存率などの項目で評価しました。MN-166高用量を12時間毎に投与する複数回治療群では、肺機能の大幅な回復が認められた他、レントゲン写真で評価する肺障害スコアでも良好な結果が得られました。
塩素ガス曝露による肺障害の適応ではヒトでの臨床試験が倫理的に不可能であり、動物モデル試験の結果のみをもって承認申請することが想定されています。
BARDAとの提携に関して
塩素ガス曝露によるALIは、事故・自殺、またはテロ、戦闘などが原因で起こり得ますが、疾患が重篤であるにもかかわらず、市場性が望めない、臨床試験が実施できないなどの理由で、医薬品開発が困難な疾患です。このような公衆衛生上の危機に対して、必要な医薬品等の開発支援や取得を目的とする米国の公的な組織として、米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)があります。本プロジェクトは、米国保健福祉省(HHS)・米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)との提携合意の下、BARDAとの共同研究として進められています。
BARDAの詳細については、下記の当社ブログもご参考ください。
米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)について Vol.1
米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)について Vol.2
米国生物医学先端研究開発機構(BARDA)について Vol.3